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福岡高等裁判所 昭和28年(う)2401号 判決 1954年1月12日

控訴人 被告人 松下秀夫

弁護人 谷本二郎

検察官 宮井親造

主文

原判決中被告人松下秀夫に関する部分を破棄する。

被告人を懲役壱年八月に処する。

原審における未決勾留日数中、九拾日を右本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は記録に編綴されている弁護人谷本二郎及び被告人各自提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点の(A)(法令適用の誤)について、

原判決は、その認定した事実として引用した昭和二十八年六月二十二日附起訴状記載の第二の事実につき単純逃走罪の既遂を認定しているが、原判決のあげている関係部分の証拠及び当裁判所で取り調べた証拠を綜合すると、被告人は窃盗罪により飯塚簡易裁判所に起訴され、尓来、未決囚として稲築町警察署留置場内に勾留されていたところ、昭和二十八年五月二十八日第四回公判開廷のため看守巡査平野博士に看視されて同裁判所に出頭し、同公判終了後同日正午頃自分と一緒に手錠をかけられていた他の被告人の用便のため同行して同裁判所構内の便所に行つた際逃走しようと決意し右平野巡査の隙に乗じて突如右手に手錠をはめたまま同便所附近から逃げ出したが、同巡査は直ちにこれを発見して追跡し、途中一、二度被告人の姿を見失つたけれども、通行人等の指示により被告人の逃走径路を辿つて被告人を追いかけ結局間もなく同所から約六百米距てた飯塚市西四丁目西町巡査派出所附近の日鉄片峰社宅内で被告人を逮捕した事実を認めることができるし、この事実によると、看守者たる右平野巡査が逃走した被告人を追跡中、たとい一時被告人の所在を見失つたにしても被告人は未だ右看守者の実力的支配を全く脱したものということができないので、被告人の右所為は単純逃走罪の未遂にすぎないものといわねばならない。

してみれば、原判決が挙示の証拠により被告人の所為を以て前記のとおり単純逃走罪の既遂と認定したのは、事実を誤認したものでその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決中被告人松下秀夫に関する部分は、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条に則り破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 大曲壮次郎)

弁護人の控訴趣意

第一、松下秀夫について

A 法令適用の誤 原判決は法令の適用を誤つた違法がある。即ち昭和二十八年六月二十二日附起訴第二の事実について原審は逃走罪既遂をもつて処断しているけれども原審記録に現はれたる事実(被告人の司法警察員江島寿人に対する供述調書三四八丁-三五二丁)によれば被告は飯塚簡易裁判所の構内より両手錠のまま逃走を開始したが追跡する警官の為未だその支配より脱せざる中に再び逮捕されたる旨が認められる。元来、逃走の既遂に達するには看守等の実力的支配より脱するを必要とし例え監獄の外壁を越えた如き場合でも追跡者により追跡せられおる時は未だ既遂に達せざる事通説の認むる所であり(牧野英一日本刑法五三六頁、小野清一郎刑法各論二八頁等)本件の如く白日人通りある中を手錠のまま走り直ちに追跡されて逮捕された場合の如きは未だ看守達の実力支配より脱したとは如何にしても言い難く「実行に着手し之を遂げざる」場合に該当する事明かであるから此事実を以つて既遂なりとなした原判決は擬律錯誤の違法あり到底破棄を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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